生成AIが「バージョン」へのワクワクを思い出させてくれる

近年すっかり世間にも定着した感のあるChatGPTなどの生成AI。

その進化は止まることを知らず短いスパンで新しいモデルがリリースされていっていますが、伝統的なバージョンを割り振られているのが印象的です。

例えばGPT-5がリリースされると、次はGPT-5.1、その次はGPT-5.2みたいな感じでリリースされています。ClaudeやGeminiも同じような感じです。GPT-4.1の次にGPT-5が出たぞ、これはすごい性能がアップしてそうだ!Claude 4.0、4.1ときて次は4.5だ、これは結構変わっていそうだ!みたいな。

今ではこういう伝統的なバージョン番号を使うソフト、というよりソフトが持つバージョンの意味というのはほとんど失われてしまいましたが、現代の最先端を走る生成AIが昔ながらの「バージョン」へのワクワクを思い出させてれるのは何とも面白い現象です。

昔は「フリーソフト」が大量にあって、PCを便利に使うために色んなソフトをインストールして使うというのが一般的でした。

その頃はPCのスペック、OSの完成度、インターネットの回線速度の全てが発展途上でしたから、日進月歩でソフトの開発も行われ、「バージョンアップ」「アップデート」はワクワクするイベントでした。

+0.01のアップデートはバグ修正か、+0.1のアップデートだからちょっと改良がされているな、今度は+0.5だから結構変わってるっぽいぞ、+1.0の大型アプデキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!・・・みたいなw

特にWebブラウザなんかは市場規模も大きく、かつ発展途上の分野でしたからアップデートにとてもワクワクしていたものです。Sleipnirとか、Firefoxとか。

でも次第に「バージョン」が持つ意味、存在感は薄れていき、今では「バージョン」を意識することはほとんど無くなりました。

例えば2008年に登場したWebブラウザのGoogle Chromeは当初からラピッドリリースサイクルが採用されており、アップデートは頻繁にあるものの、それぞれのバージョンが持つ意味というのは薄くなりました。Firefoxも2010年のv5.0以降はラピッドリリースとなっています。

OS自体の完成度の向上、Web技術の進化によるWebアプリの発展(=Webブラウザへの集約)によって昔ながらのフリーソフトを色々入れて使うというのも無くなり、OSの標準機能とWebブラウザがあれば事足りるようになりました。フリーソフト文化自体が衰退していったことと相まって、そもそもアップデートする対象自体が無くなっていったわけです。

方やスマートフォンには「アプリ」がたくさんありますが、スマホ黎明期こそアプリのアップデートもワクワクしましたが、今や自動バックグラウンドアップデート機能でいつの間にかアップデートされている時代です。アプリ自体もアップデートで改良していくというより、「最初から完成されたもの」がリリースされ、その後アップデートは不具合修正や微調整など維持のためのものという意味合いが強くなりました。そもそもアプリ自体が何かを行うというより、単なるWebサービスのインターフェース、窓口として作られているものも多いです。

スマホ用OSに関しても完成度も上がってきて毎年の新バージョンにワクワクするというということも無くなり、iOSに至ってはバージョンが伝統的なバージョン番号から「年」を表す記号になってしまいました。

こうやっていつの間にか「バージョン」が持つ意味が失われていった中で、最先端の生成AIは昔からのバージョンを採用している。

もちろん厳密にはバージョン番号できっちり管理されているのではなく、マーケティング的な意味合いの方が強いものですが、それでも「バージョン」へのワクワク、期待を呼び覚ましてくれるのは懐かしい気持ちになります。

あとやっぱり伝統的なバージョンって分かりやすいですよね。生成AIはどれだけ性能が上がったかをアピールする必要があり、それとバージョンの相性は良いのでしょう。

まあ、生成AIのバージョンが大きな意味を持つのも黎明期だからこそで、これから完成度が上がっていったらバージョンが持つ意味というのが薄くなる時代は来るのかもしれません。。その頃はAGI、ASIとかになっててそれどころの騒ぎではないでしょうがw

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