愛知県豊橋市に行ってきた(後編)

前編に続き、2日目の午後以降のパートです。

2日目(午後)

伊古部海岸

お昼を食べたら、次は伊古部海岸へ。通っていた中学校の付近を通って行きました。

なんかよく分からんモニュメント、写真スポットが設置されていた。

何回か遊びにいったことのある海岸ですが、やっぱり伊古部海岸といったら中学校の暁天マラソン。

中学校のマラソン大会は「暁天マラソン」といって、まだ日も昇っていない早朝、学校からこの海岸に向けて走るというものでした。

ゴール付近の海岸まで来ると砂浜に足がとられて大変でしたが、日の出とともにゴールを迎えるのは結構清々しいものでした。そのあとはPTAが用意してくれた豚汁とかをいただいたり。

しかしこの暁天マラソンも2017年の第45回の開催をもって終わったようです。ちょうど教員の長時間労働がクローズアップされるようになった時期で、愛知県でも「教員の多忙化解消プラン」が策定されたのが2017年のようなので、その流れの中で廃止になったのでしょう。土曜の早朝6時半頃スタートという行事でしたから、先生たちの時間外(休日)勤務ありきの行事であったことは間違いありません。半世紀近く続いた伝統行事でしたが、無くなるのもしょうがないのかなと。。

蔵王山

そして次はお隣田原市の蔵王山へ向かいました。

すんごいクネクネの山道をたどって山頂の展望台へ。

2F 展望デッキには幸せの鐘とやらが。
2F 展望デッキからトヨタ田原工場方面を望む
4F 展望フロア

展望台は4階建てで、2階には軽い飲食店、3階には軽い体験コーナーがあり、結構しっかりした展望台です。建物の写真は撮り忘れましたw

展望フロアの望遠鏡を使うとトヨタ自動車田原工場の様子もよく見えるのですが、平日ということもあり工場は稼働しており、車が次から次へと巨大タンカーへ乗せられている様子が見えました。

あと東海テレビが何かのロケをしていました。。

伊良湖岬

展望台を降りたら、トヨタ自動車田原工場の付近に寄ってから伊良湖岬へ。渥美半島の先端です。

まあ、私は行ったことないはずですが、父が田原に住んでいた時は毎週魚釣りに通っていたとのこと。

伊良湖岬からは豊橋方面へ戻り、レンタカーを返却。ヤリスハイブリットで約150kmを走り、消費したガソリンは5L弱でした。やっぱりハイブリッドは燃費がいいですねぇ。

夜は玉川うどんで豊橋カレーうどん

そして夕食は玉川うどん広小路本店へ行き、ご当地グルメの豊橋カレーうどんを食べました。

私はこの前のGWのときにノーマルは食べているので、今回はチーズをトッピングしてみました。おいしかったです。

そしてホテルへ帰り就寝。

3日目

いよいよ最終日。

ホテルの朝食も食べ納め。ホテルアークリッシュ豊橋の朝食はよくあるビュッフェ形式ではなく、決まったメニューが提供されるスタイル。卵料理とじゃがいも料理はいくつかのメニューの中から選べます。

このホテルの建物ココラフロントは豊橋市中心部では一番高い建物らしく、豊橋の街を見下ろしながら優雅に食事ができます。

複合商業施設ココラフロント。豊橋市中心部では一番高い建物のようだ。10〜16階(最上階)がホテルになっている。

レストラン前のロビーは本当の火がついている暖炉があり、実に優雅なホテルであります。。

帰りの新幹線は12時ちょうど発で、午前中にのんほいパーク(豊橋市総合動植物園)を訪れる予定でしたが、結構バタバタするし、父もいかんと言うので取りやめに。本当であれば行きたいところでしたが、まあ、父もこだわりがないならいいかなと。父のための旅行なので。

というわけで、予定を少し早めて10時39分発の新幹線で帰ることにしました。

もうしばらく見ないかもしれない、豊橋駅前の景色
駅ビル

豊橋駅で駅弁(壺屋のうまぎまぶし弁当)を購入し、豊橋から新鳥栖へ。

東海道新幹線豊橋駅の案内板は意外にも(?)最先端のフルカラー液晶。腐っても東海道新幹線駅だからか。

帰りの東海道・山陽新幹線の車両は最新型のN700S系で、良かったです←

15時前に新鳥栖駅に着き、前の切符の払い戻し手続きをして、実家へ。実家へ着いたのは5時過ぎでした。

元の予定なら実家着は7時予定だったので、それだったらかなりバタバタしてたかなーと。元の予定は結構弾丸だった気がします。。

ようやく行けて良かった

というわけで、2泊3日の豊橋旅行でした。ようやく父と行けて、本当に良かったです。本当は母も一緒に行ければ良かったのかなとも思ったり(母は2015年逝去)。

少し前から天気予報が怪しい感じで雨が心配されましたが、結局滞在中に雨が降ることはなく(正確には夜中に降ってた)、ラッキーでした。次の週(つまり今週)だったら台風もあり完全に雨だったので、ほんとに良かったです。ただし台風の影響で異常な高温が続いており、「10月下旬の、適度に涼しくて寒過ぎない」時期を狙った思惑は外れました。。ほんとに暑かった。。

ただ、1つの後悔と、1つの心残りがあるのが正直なところではあります。

後悔は、もっと早く行かなかったこと。

父は1〜2年前から坐骨神経痛?脊柱管狭窄症?で足腰が痛むようになり、長く歩くことが困難になりました。本来であれば徒歩でゆったりと色々巡れれば良かったのですが、車で走る抜けるだけだったり軽く見たりで済ましてしまうシーンが多くなってしまいました。足腰が痛む前に行っていれば、もっと充実していただろうにな、と思います。車を運転しながら景色を脳裏に焼き付けるのは結構無理があります←

あと、長い年月が経ったことで変わっていることが多過ぎた、というのもあります。先述の通り社宅が全て無くなったりしていて、そういうのは昔を思い出せる景色が失われていた、とも言えます。「変わったね」ではあるけれど、「懐かしいね」ではないというか。社宅については2021年に第1次解体工事(9棟)[参考リンク]、2023年から第2次解体工事(12棟)[参考リンク]が始まっていたようで、数年早ければまだ昔の面影が残った景色が見れたでしょう。ピアゴ大清水店のマクドナルドだって2025年2月まではありました。街が変わっていくのは必然ですし、「変わったね」も決して悪いことではないんですけどね。

まあ、これは2020〜2023年のコロナ禍によって旅行が難しい時期があったという事情もありますが…。去年あたりには行こうかと思ったのですが、ちょうど会社のシステム刷新で慢性的に忙しくてなかなか難しく。ようやく今年重い腰を上げて行けました。この前の同窓会の時、親と一緒に行こうと思っているという話をしたとき、何かと考え方が尊敬できる旧友から「“いつか行こう”じゃなくて、“いつ行こう”って決めたほうがいいよ」と言われて相変わらずすごいなぁと感心したものです。まあ、その頃にはもうこの時期に行こうとは決めてましたけどね。

父もコロナ前には会社の先輩に会うみたいなことを言っていたけれど、今回はそれはありませんでした。まあ、当時は一人で行くみたいな感じだったので、私と行くんだったら端からその予定は無かったかもしれませんが。。

そして心残りは、のんほいパーク(豊橋市総合動植物園)に行けなかったこと。

総合動植物園は月曜定休のため、日曜着・月曜散策のスケジュールだと訪れるの難しかったです。火曜日の午前中に無理やりねじ込んでましたが、結局は取りやめに。まあ、火曜に行くと帰るのが遅くなりバタバタするので、結果としてスケジュール的には正解でしたが…。日曜中に行こうとするとその分実家を出るのを早める必要があり、そうするとまたハードになるので、難しいところでした。通常の開園時間(16:30閉園、最終入園16:00)がもうちょと長かったら、もう少し行ける余地があったのですが…。

まあ、父は動植物園にはあまりこだわりは無かったようなので、致命的とまでは言えませんが。でも、私は子供の頃動植物園に行った時の植物園の温室とか、自然史博物館で見た恐竜の化石がとても記憶に残っているので、大人になって改めて行ってみたかったのはあります。

日曜着のスケジュールにした時点で動植物園は難しかったのかもしれません。どうせ有給も使うし、色々空いてる平日(月曜)を使えるメリットとの兼ね合いが難しかった。8月上旬にホテルは予約していたのですが、10月下旬だと土曜にホテルアークリッシュ豊橋の高級ツインが取れなかったというのもあります(格下にはなりますがホテルアソシア豊橋だと土曜も空いてましたが)。

あと、強いて言えば何かと時間が無くて用意周到な準備・計画ができなかったのはちょっとあるかもしれません。経理の私は10月に入ると決算で非常に忙しくなるのですが、特に今回は忙しくずっと連勤で休みが無く、色々詳しく計画する時間がありませんでした。最悪、前日の土曜に考えればいいやと思っていたものの、先述の通り金曜の夜は粉瘤の影響で2時間ぐらいしか寝れず、土曜は朝から病院行く必要があるわで、土曜も考える余裕が全くありませんでした。。もうちょっときちんと計画できていれば、もっと上手に回れた箇所もあったかなと思います。

まあ、完璧では無かったかもしれませんが、それもまた旅というものでしょうし、何より行ったというだけでも掛け替えのない思い出になりますから、良かったと思います。足腰が弱くなったとはいえ父がまだ元気なうちに訪れることができて本当に良かったです。

私個人としても2013年の成人式以来13年ぶりとなる富士見台に加えて、引っ越し以来18年ぶりとなる万場調整池やそば源などに行けて、良かったです。本当に懐かしかった。

豊橋に居た頃、富士見台の話とかはまた別の記事で詳しく書きたいなと思います。

私の生まれ故郷である豊橋、次はいつ訪れることになるのでしょうか。。

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