先週は親(父)と一緒に愛知県豊橋市に行ってきました。
今でこそ実家は長崎県ですが、もともと私の生まれは愛知県豊橋市であり、中学校卒業までは豊橋市で育ちました。
父が長くトヨタ自動車の工場で働いており、父の定年までは愛知県に住んでいました。ちょうど私の中学卒業のタイミングが定年で、定年を機に両親の生まれ故郷である長崎県に移り住んだのです。
引っ越し後は実家があるわけでもない豊橋を訪れる機会はほとんどなく、引っ越し以来豊橋を訪れたのは私個人としては二十歳の成人式の時と、この前のGWにあった中学同窓会の2回だけです。
ただ、父も以前から「今はどうなってるんだろう」「一回は行ってみたいな」と度々口にしており、いつかは連れて行かないとなぁと思っていました。私も2013年の成人式以来訪れていない生まれ故郷の街がどうなっているか、気になりますし。
そしてようやく色々やる気とタイミングが巡り合い、10月に有給を2日半取得して、2泊3日で父と一緒に豊橋に行くことにしました。
旅程は10月17日(土)実家へ移動、10月18日(日)実家から豊橋へ移動、10月19日(月)豊橋散策、10月20日(火)豊橋から実家へ、実家に宿泊、10月21日(水)午前中に実家から自宅へ、午後から出勤という感じで、有給を2日半使ったもの。
本来であれば有給を2日も取得しなくて良さそうですが、自宅から実家までは2時半弱かかりますし、さらに実家から新幹線最寄駅までも2時間ほどかかるので、そこに新幹線乗車時間を含めると移動だけで8時間以上もかかることになるため、前後に実家でのステイを挟む4.5連休としました。金曜午後半休で実家移動からの土曜豊橋移動2泊(月火全休)か、土曜実家移動からの日曜豊橋移動2泊(月火全休・水曜午前半休)か、2パターンあったのですが、後者をとった感じです。
というわけで、10月17日(土)に自宅から実家へ移動。実はこの週は背中のできもの(粉瘤)が炎症を起こして痛むという緊急事態が発生しており、金曜夜はその影響でほとんど寝れないという最悪の状態だったため、土曜朝から急いで皮膚科に行ってから実家に移動するというハードスケジュールでした←
1日目
新幹線で豊橋へ
そして、10月18日(日)は実家から豊橋へ。この時期にしては異常な高温で、秋の長袖長ズボンのパジャマを持って行ったら暑すぎて土曜夜は寝付きが悪く、金曜の粉瘤による不眠からリカバリーするための長時間睡眠が取れず、引き続き睡眠不足の状態で最悪でした←
移動手段は新幹線ですが、先述の通りまず実家から新幹線最寄駅までが車で2時間ほどかかります。新幹線駅までの移動時間が地味にかかる。。高速道路が全線開通するともう少し早くなるのですが…。

新鳥栖駅から乗車。


まずは博多駅まで向かいます。博多駅での乗り換えはわざと30分ほど間を空けていて、その間に駅弁を購入。
そして東京行のぞみに乗車。

せっかくなので、山陽・東海道新幹線はグリーン車にしました。
そして名古屋駅でこまだに乗り換えて、豊橋に到着!
父からすると2008年の引っ越し以来、実に18年ぶりの豊橋です。

まあ、私自身はこの前のGWに一回行っていることもあり、この駅の景色自体は久しぶりでもないですがw

月末には豊橋まつりがあるということで、駅には学生の作品が展示されていました。
まずはホテルにチェックイン。今回はホテルアークリッシュ豊橋のデラックスツインに泊まりました。
駅徒歩1分の好立地で、豊橋では一番の高級ホテルのようなので、せっかくだしここに。朝食付き1泊5.5万、2泊で11万也。



広々とした部屋で、ゆったり快適に過ごせます。マジで高級ホテル。
ディナーはフレンチレストラン・ボンファンへ
この日は豊橋駅に到着したのは15時半頃だったため、ホテルにチェックイン後はゆっくり過ごすだけにして、ディナーにだけ出かけました。

行ったのはアニバーサリーレストラン・ボンファン。豊橋駅からタクシー(車)で20分ほどのところにあります。
ぶっちゃけ私は行ったことはないのですが、私が生まれる前は夫婦で時々行っていたそうです。
豊橋へ行くとなり、父が「ボンファンはまだあるのか?」みたいな話をして、まだ営業していたので行くことに。1983年創業で、今年で43周年の結構な老舗レストランになります。
フレンチですが近寄りがたい高級レストランというわけではなく、ドレスコードもありませんし、比較的入りやすいお店のようです。父も「手軽にフレンチを食べれる店がある」ということで行っていたとのこと。
ブローニュコースという、標準的っぽいコースをいただきました。1人6,880円のコースです。
私もフレンチなんてほとんど食べたことありませんので、おいしいフレンチが食べれて良かったです。これで7千円ならお手頃だと思います。
個人的に印象的だったのは、緑黄色野菜のスープ。

一見するとコーンポタージュっぽいですが、口にすると色んな野菜の複雑で深い、まろやかなおいしさが口いっぱいに広がり、めちゃくちゃおいしかったです。これまでに食べたことがない味で、こんなにおいしいスープがるなんて、とマジで感動しました。このスープだけでこのレストランが一流であることが分かります。シェフは野菜ソムリエの資格も持っているようで、野菜の扱いにも長けているようです。。

もちろんメインのステーキも美味。温かいステーキで、そういえば皿に乗ったステーキで温かいものを食べた記憶ってあんまり無いなぁと思ったり。。ちゃんと丁寧に火を入れている証拠ですね。
食後はタクシーでホテルに帰り、あとは就寝。
2日目(午前)
2日目の月曜日は、ホテルで朝食後、レンタカーを借りて各地を散策しました。
駅前のトヨタレンタカーでヤリスをレンタルして出発。レンタカーを借りるのは初めてなので少し緊張しました←
富士見台
まず向かったのは富士見台という新興住宅地、ニュータウン。富士見台は私が生まれ育った地だからです。
豊橋市街から豊橋バイパスというでっかいバイパスを通って富士見方面へ。大清水付近まで来ると見覚えのある光景が見えてきて、懐かしかったです。大清水駅前のローソンあったなぁとか、ホーナン家電はまだある!とか。ただ、精文館書店南店は閉店していました。2026年1月31日閉店と割と最近まで営業していたようですが、なんと49年間も営業していたそうです。
そしていよいよ富士見台、レイクタウンへ。
1丁目は5階建てのトヨタの社宅が21棟軒を連ねるエリアだったのですが、今は全て解体され、マックスバリュなどの店舗や新しい宅地になっていて、まさに様変わりしていました。

本当は車を停めてゆっくり散策したかったのですが、父が足を痛めていて長時間歩けないこともあり、車でぷらーっと巡りました。
あれだけ軒を連ねていた社宅が全て無くなっていると、印象は全然違います。地形からして変わっているので、「懐かしい」というより「本当に変わったなぁ」という感じ。まだ更地になっただけの跡地もありますが、新しい家が建っているところも多く、街の姿は本当に変わりました。
富士見時代、シマリスを飼っていた時期があり、死んだ後は近くの土に埋めていて、父も以前「リスの墓がどうなってるか見てみたい」とか言っていたのですが、完全に跡形も無く消えていました←
とはいえ昔を思い出すような景色もあり、車を運転しながらではありましたが、懐かしい風景が見れて良かったです。私もこの前の同窓会の時は富士見台までは訪れておらず、2013年の成人式以来13年ぶりの訪問でしたので、感動もひとしおです。
しかし、車で通ってみると道が狭いなと思いましたw 住宅地だからそうなんでしょうが、子供の頃は広いと思っていた道も、大人になって、車で走ってみると全然印象が違いますね。
ピアゴ大清水店
そして次は富士見台近くにあるスーパー、ピアゴ大清水店へ。

富士見に居た頃よく行っていたスーパーなのです!!←

もともと「ユーストア」だったお店ですが、2008年に(株)ユーストアが親会社のユニー(株)に吸収合併され、2009年にユニーグループのスーパーの屋号が全て「ピアゴ」に統一されたそうです。だからもう17年経つんですね。
店内はいろいろ結構変わっていて、入り口付近にあった軽い飲食店やクリーニング店は無くなっていました。
軽い飲食店では、ときどき昼ごはんとして焼きそばとかチキンポテトセットとかを買って帰っていたものです。確か、店前にも少しテーブルとイスがあって食べることもできたはず。私が居た頃から店の入れ替わりはありましたが、完全に無くなってしまったとは。Twitterを見ると2021年2月23日で当時入居していたたこ焼き屋が閉店していたとの投稿がありました。その後、別の飲食店の入居があったか、それからもう完全に無くなったのかは定かではありませんが…。コロナ禍の時期であることを考えるとそこからもう無くなってしまったのかな。
そして、店内にあったマクドナルドも無くなっていました。こちらは2025年2月28日をもって閉店していたそうです。3月24日に独立店舗の豊橋大清水店がオープンしているので、事実上の移転ということでしょう。ピアゴ大清水店としては28年間営業していたそうです。このユーストアのマックもよく利用していたので、ちょっと寂しいですね。今私が住んでいる市(九州)でも、2024年にスーパー内のマックが閉店・独立店舗に移転するというのがあったので、最近のマックはスーパー内店舗は可能な限り独立店舗に移行するという方針があるんでしょうか。
食品コーナーは「食の殿堂ユーストア」という名前になっていて、少しユーストアの名残を感じました。調べてみると近年はユーストアブランドに復活の兆しがあるようです。。
姿形は変わっていましたが、ゲームやトレーディングカードを扱っているコーナーはまだ健在でした。
というわけでこの旧ユーストアも「懐かしい」より「変わったなぁ」という印象の方が強い感じでした。
万場調整池
そして次は万場調整池、万場緑地へ行きました。


富士見台の近くにあるでっかい調整池です。
遊具もあるので、小さい頃は時々行っていました。

野菜をモチーフにしたユニークな遊具が色々あるんですよね。。
昔は120mの大きいローラー滑り台があったのですが、2018年に撤去されてしまったようです。万場調整池の名物的アトラクションだったはずなのですが。。私も滑ってた記憶があります。色々老朽化が激しくて、設備の維持も難しいのでしょう。


調整池の周りも車でぐるーっと一周してみたのですが、途中道がめっちゃ狭くて死ぬかと思いました←
しかし、こうしてみるとほんとこの一帯は畑だらけだなと思います。。
九州に移り住んでからも田舎なので農業は身近にありますが、農作物といえば米、田んぼって感じで、畑とかビニールハウスとかは全然無いんですよね。だから畑とかビニールハウスが立ち並ぶ景色を見ると、懐かしさを覚えます。
お昼はそば源へ
万場調整池のあとは、お昼を食べにそば源へ。

あまり外食をする家庭ではありませんでしたが、たまの外食ではよく行っていたお店でした。
店内に入ると懐かしさがいっぱい。まさに18年ぶりの来店でしたが、昔と変わらない雰囲気のままでした。
ちなみに11時半前には着いたのですがその頃には既に結構混雑しており、少ししたらもう満席になっていました。いや平日の11時台でそんな混むの!?と驚き。かなりの人気店ですね。。

昔ここで頼んでいたのは決まってえび天重でした。もちろん今回もえび天重セットを注文。
懐かしのえび天重、うどんでした。前はキス天無かったような気もするし、もっと天重がメインでうどんは小さかったような気もしますが。。まあ、昔のこと過ぎてさすがによく覚えていません。。


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